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思い出・過去の事

【女】子供の時戸惑ったプールの時間、今思うと普通に入っていて良かったと思う。戦う方法、逃げる方法を学べたからだ。

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最近性同一性障害の子供の記事を目にかけるようになってきた。性同一性障害を抱えている人にとってはプールは非常に敷居が高い授業だと思う。

私は半分男だから男の日はプールに入るのは戸惑いは無かった。しかし女の日はプールの時は非常に困った記憶がある。

現在私は人前で肌を出す行為はしない。プールも入らないし、銭湯もいかない。何故ならば後で思い返すと少しだけ恥ずかしいからだ。

着替えのモヤモヤ

着替えをする時にすごい嫌だった記憶がある。なんというか自分が男子更衣室にいるのが合っていないような感じがしたのだ。だからと言って女子更衣室が合っていたかとそれも違う。

性同一性障害の人なら分かると思うが、自身の体と中身の違いがハッキリ分かるのでどちらも選択出来ないのだ。だから我慢する事を選択するしかない。

私は着替えの時は皆が来ない時に早く済ませるか、最後にしていた。とにかく人がいなくなるまでじっと待っていたのを覚えている。

プールの中では体を隠す

当時私は自分の体に違和感があったが、性同一性障害の可能性は否定していた。と言うのも性同一性障害と言う知識が無かった。知っていたのはゲイと言う言葉だけだった。だから自分はゲイではないかと疑心暗鬼になっていた。

プールの中では私は自分の体を見るとモヤモヤして直視できなかった。なんというか自分の体ではない感じだ。今でも自分の体や顔を見ると自分のものではなくて、きぐるみを着ている感じだ。多分この感覚は一生だろう。それは仕方ないと理解している。

体の違和感から私は恥ずかしくてプールの中でお風呂に入るように入っていた。体を隠して頭だけ出す感じだ。そして一番深い場所にいるのだ。浅い場所だと他の男子がちょっかい出して来る可能性が高いが、深い場所だと先生と言う門番が目を光らせているのだ。

今振り返ると

小学校のアルバムの中にはプールで撮った写真がある。それを見るたびに「あーなんか恥ずかしい」と思う。だがその一方で「戦ってきたんだな」と言う自負がある。

性同一性障害の子供を抱える親御さんがいると思う。私の体験は半分男なので役に立たないかもしれないが、一つ知ってほしい事がある。それは戦う場所を取り上げてはいけない事だ。

我が子だからどうしても可哀想になる。だから学校側に何かしら配慮をしてもらおうとするだろう。実に痛いほど気持ちは分かるし、子供の時の私なら飛びついて両親に感謝するだろう。だが今はそれらをしなくて良かったと思う。

世の中には戦わないといけない事がたくさんある。性同一性障害の人はかなり多いだろう。一つ理解して頂きたいのは親御さんは一生子供を守れないのだ。だから親御さんは子供を守るのではなくて戦い方を教えないといけない。

守るではなくて戦い方を

私の知り合いに完全な性同一性障害の子がいた。彼は中身が女の子だ。彼は両親に守ってもらいながら生きた。私は正直それが羨ましかった。親も理解してくれてすごい居心地がいいのだろうな…。と嫉妬した事も覚えている。

結果から言おう彼は今でも誰かに守ってもらおう、理解してもらおうとしている。全くもって子供のまま止まっている。そしてその子の親は疲れ果てている。

私は子供の時は辛い思い出が多い。今思い出しても吐きそうな思い出も沢山ある。しかし戦ってきた自負が私の中には強く輝いている。親にも理解されなかった、友達にも理解されなかった、それでも生きてきた自負だ。情けない格好だがなんとかやりくりしてきたのだ。

私は今体の痛みで動く事もままならない。母親も自殺した。友達も私の元から去った人が何人かいる。でも残ってくれた友達もいる。それだけでいい。今まで戦った自負が私を生きさせているのだろう。

もしも性同一性障害の子供が何か困った事が合った時相談してきたら話は聞いて欲しい。だがやってはいけないのはダイレクトに解決はしてはいけない。彼らに戦い方や逃げ方を学ばせなければならない。

そして計画を立てさせる事だ。工程表を立ててそれに向かわせる事だ。その時は是非とも親としてではなく仲間として一緒に行動して欲しい。親ではなく仲間だ。子供は将来親ではなく仲間と一緒に生きていかないといけない。もちろんそこには逃げる選択があっても構わない。逃げる勇気も必要だ。

どうしても守りたいなら覚悟を決めて欲しい。子供が寿命尽きるまで守る覚悟だ。そして子供を一生大人にしない覚悟だ。

踏まれて

踏まれて踏まれて強くなる。

踏まれて踏まれて親を憎んで自分を憎んで強くなる。

踏まれて踏まれて生きる意味を無くして、生きる事に意味がなくてもいいと気づく。

踏まれて踏まれて一周回って母を憎み母を求めて後悔する。

今子供に憎まれてれていると思っている母親もいるだろう。それは正解だ。そして不正解だ。憎むより愛する方が圧倒的に大きいのだ。そうまるでノミと月のように、いやそれ以上に。

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